バンコク~シェリムアップ~プノンペン~ホーチミンひとり旅 1日目 出発・バンコク編

「当機はまもなく、バンコク上空を通過します。バンコクの天気は、曇り。気温は、28度…」

いよいよだ。もうすぐ、人生で初めての海外の土地に足を踏み入れることになる。しかし、大きな感動とともに迎えるはずだったその瞬間は、とてつもない尿意とともに訪れた。まぁ、筋書き通りにいかないのも旅行の醍醐味だろう…

出発前日の夜はなかなか寝付けなかった。いざ旅行が目前に迫ると、不安が頭をもたげる。異国で1人。誰も助けてくれるものはいないのだ。当日の朝は、兄と母が車で成田空港まで送ってくれた。母は、新婚旅行以来成田空港にすら行ったことがないから、行ってみたいだけだと言っていたが、心配だったのだろう。「遺影のために1枚…」と冗談を言いながら、バックパッカースタイルの恰好で記念写真を撮った。

私は飛行機に乗ったことすら数えるほどしかないので、まず成田空港での搭乗手続きに手間取った。母や兄がそんな私を見て、必要以上に心配するのが煩わしい。空港にまで来てしまえば、不安はどこかに陰を潜め、期待やワクワクのほうが勝る。それなのにあれこれ心配されると、こちらが不安になるじゃないか…。しかし、残されるものはただ心配することしかできないのだ。そんな家族の存在が、有難くもある。ゲートに向かう手前の手荷物検査からは、実際に搭乗する私しか進めない。手を振る母と兄にはごくあっさりと別れを告げ、ゲートに向かった。私が乗るはずの飛行機は、搭乗開始が遅れていた。ここで、日本の携帯電話回線での最後の連絡を済ませる。いよいよ搭乗だ。バンコクまでの所要時間は、およそ6時間。ついに私の旅が始まった。

私が手に入れた日本~バンコク往復チケットは、約58000円だった。いわゆる「格安航空券」くらいの価格帯だが、私が利用したタイ国際航空は格安航空会社という訳ではなく、座席には液晶画面があり、希望者にはアルコールが提供されるなど、充実した機内サービスだ。私は飛行機に乗るとすぐ、格納テーブルを出して本などを広げていたが、隣のタイ人女性から「離陸する瞬間に全部テーブルから落ちてしまうから、一度しまった方がいい」とカタコトの日本語で説明された。どうやら前に座っている日本人男性と夫婦のようだ。夫の座席を気兼ねなくリクライニングさせるために前後に座っているのだろう。私の座席は窓際だったのだが、通路側に座っている日本人のおじいさんはどことなく人を寄せ付けない雰囲気だった。彼に席を立たせる勇気がなくて、私はこれから6時間、トイレに行けないことになる。なんとも情けない話だ。先が思いやられる。

いよいよ離陸のとき。急にスピードをあげる飛行機のなかで、座席に身体が押し付けられる。数秒後、離陸時のふわっとした感覚が訪れる。高校1年生の修学旅行で北海道に行く際、はじめて飛行機に乗ったときの感動が呼び起こされた。いま、私は日本を飛び立ったのだ…

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着陸前、バンコクの空からの風景

機内では、タイ語と英語、日本語のアナウンスが順番に流れる。私は暇つぶしに持参した本も読まずに、地上から11kmほどの高度から見える景色を眺めていた。夏の季候特有の、分厚いくじら雲が眼下に広がる。私の気持は少しずつ昂っていったが、同時に激しい尿意に襲われ始めた。しかし、窓際の席である以上、トイレに行く際には隣に座る2名に立ちあがって頂かなければならない。窓際の席には窓から見える景色と、トイレの煩わしさがセットなようだ。

途中、入国カードが配られた。当然だが、英語とタイ語の説明しかない。これから日本語の通じない場所にいくのだなと、改めて実感した。

「当機はまもなく下降します」というアナウンスが流れたしばらく後、曇り空を抜けて、バンコクの土地が見えてきた。綺麗に区画された農場が見える。大きく旋回したあとにスワンナプーム国際空港に無事着陸した。私は急いで飛行機を降りた。これからながく付き合うことになる、東南アジア独特の柔らかい暑さが全身を包んだ。確かに暑いが、東京独特の刺すような激しさはない。しかし、異国の空気に感動したのも束の間、真っ先にトイレに駆け込んだ。無事用を足すと、人の流れに沿って入国審査に辿りついた。入国カードとパスポートを出す。緊張の瞬間だ。審査係は私の顔を一瞥すると、スタンプを押して通してくれた。「ありがとう」ではなく、自然と「Thank You」という言葉が口をついて出た。無事自分のバックパックを受け取り、ベンチに腰を落ち着けて荷物を整理する。まずは両替をしなければならない。タイの通貨はバーツだが、日本で両替するよりもタイで両替したほうが、はるかにレートがいいという。私は手近な両替所で、4000円を両替してもらった。

空港から市内へは、2010年に開通したスカイトレインで移動する。多くの旅行者は、日本と比べてもはるかに安いタクシーで目的地まで直行するのだが、貧乏旅行者の私は、とりあえず市内まではスカイトレインで、そこからタクシーで移動しようと考えたのだ。スカイトレインの駅には観光客のために係員が常駐していて、難なく切符を手に入れた。切符といっても、ICチップを内蔵したコインなのだが。しばらく待ったあとに駅に到着したスカイトレインは、驚くべきことに初音ミクの絵が描いてあった。日本の文化がこんなところにまで浸透しているとは…

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ホームに入るときは、PASMOのようにコインでタッチする

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電車内の若い女の子も、アニメ絵風のデザインのバッグを持っていた

電車内は横長のプラスチック製の座席だった。次の駅からは、地元のタイ人がどんどん乗り込んでくる。市民の足としても機能しているのだろう。老人が乗り込んできたとき、目の前に座っている女性が席を譲った。親切な人が多いのかもしれないと、少し安心した。

終点のパヤタイ駅に到着した。電車を降り、とりあえず体中に虫除けスプレーを振りかける。さて、バンコク市内を自分の足で歩き始めるのだ。ホームは二階にあった。マンションや雑居ビルが立ち並び、眼下にはとてつもない量の車が行きかっている。日本とそんなに変わらないじゃないか。しかし階段を下りて路上に出ると、街灯が少なく、道が暗いことに驚かされた。そして、果物や原色のジュースを並べる屋台が点在している。やはりここは東南アジアなのだ。まずは、安宿街のあるカオサン通りに向かう前に、サヤーム・パラゴンというショッピングセンターに向かわなければならない。バンコクに到着した翌日には、もうカンボジアのシェリムアップに向かうのだ。そのための長距離バスを日本から予約してあり、今日中にチケットの受け取りを済まさなければならない。

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立ちならぶ高層ビル群に驚く

渋滞気味の道路を走っているタクシーを捕まえようと手を挙げた。バンコクのタクシーは日本と同様、客がいない場合はフロントガラスに赤い文字が灯っているのでわかりやすい。タイ語だが、おそらく「空車」とでも書いてあるのだろう。空車のタクシー見つけ、ドアを開けてなかの運転手に「メーター!?メーター!?」と叫んだ。

タイのタクシーには2種類ある。といっても、タクシー自体が2種類あるのではなく、メーターを動かしてくれる運転手と、言い値で払わせようとする運転手が存在するのだ。私はつまり、「お前はメーターを動かすタイプの運転手か!?」と聞いていたのだった。すると運転手は「どこに行くんだ?」と聞くので、「サヤーム・パラゴン」とゆっくり発音した。すると「乗れ」というので、乗り込んだ。しかしもう一度メーター制かを確認すると、ノーという。やってしまった。乗せられてから、法外な値段を要求しようと言うのだろう。焦って「降ろせ降ろせ!」と叫ぶと、あっさりと降ろしてくれた。この短い移動の料金も請求されないようだ。意外といい人だったのかもしれない…

しかし、次こそはメーターという確証を取れるまで、乗ってはいけない。何台かのタクシーに「メーター!?メーター!?」と叫んだ後、私の必死の形相に気圧されたのか、頷いて私を乗せてくれた。タイの道路は、日本とは比べ物にならないくらい混沌としている。あとから気づいたことだが、私がいたパヤタイ駅とサヤーム・パラゴンはそれほど離れてはいないが、渋滞のせいで到着まで大分時間がかかった。

海外で初めてまともに話した現地人である運転手に別れをつげると、サヤーム・パラゴンに足を踏み入れた。東南アジア最大級を自称しているそのショッピング・モールは、私が想像していた東南アジア像とはかけ離れていた。明るく、清潔で、欧米のハイ・ブランドのショップが多数展開している。あまりの広さに戸惑いながらも、チケットオフィスに到着した。オフィスの受付嬢たちは、スマートフォンを片手に談笑している。「私は明日のシェリムアップ行きのバスチケットを予約しています」と英語で伝えたつもりだったのだが、どうやら文法的におかしいらしく、何度も聞き返された挙句爆笑されてしまった。こちらも苦笑いで返しつつ、なんとか意図が伝わったらしく、チケットを受け取った。さて、もう19時を回っている。なにか腹ごしらえをしたかったが、この巨大なバックパックを背負って歩きまわるのは得策ではない。軽くショッピング・モールを探索しつつ、またタクシーを探した。

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東南アジア最大級の「サヤーム・パラゴン」。別の日に撮影

しかし、ショッピング・モールの外では巨大な道路と歩道の間に柵が設けられ、それが途切れることなく続いている。ここで全くタクシーが捕まらず立ち往生したが、なんとかカオサン通りまでメーターで行ってくれるタクシーを捕まえた。車は夜のバンコクを走る。ここで、サヤーム・パラゴンと普通の市街地の落差に驚いた。暗い通りの道はでこぼこに荒れ、ところどころ野良犬が地面に寝そべっている。この落差はなんなのだろうか。

カオサン通りに着くと、予約している宿を探した。通りは露店と屋台、そして欧米人とバーから爆音で流れる洋楽でまさにカオスだった。カオサン通りは眠らないと聞いたことがあるが、確かに凄まじい熱気だ。人と人の間を縫うようにして、マルコポーロ・ホステルに到着した。薄暗いカウンターでチェックインを済ませ、古いアパートのような建物の階段をのぼり、部屋のドアを開けてみると、まず窓がないことに気づく。そしてとにかく狭いのだ。このとき、私はインターネットでゲストハウスを予約することだけはやめて、ちゃんと部屋を確認したあとにチェックインしようと心に誓った。しかしなにはともあれ、なんとか1日目のゲストハウスまで辿り着いた。固いベッドに寝転び、「なんとかなるもんだな」と心のなかで呟いた。だが、無事到着したことを親に報告しようにも、Wi-Fiが入らない。受付に尋ねると、電話で誰かと話していてまともに取り合ってくれない。郷に入れば郷に従え。この国の商習慣に腹を立てても仕方がないので、とりあえず近くにあったセブン-イレブン(バンコクにはセブン-イレブンが非常に多い)に入り、タイの「シン」という瓶ビールを購入して、飲みながらカオサン通りをぶらぶら歩くことにした。

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看板の「MARCOPOLO」というゲストハウスに宿泊

フルーツシェイクや食用の昆虫を売る屋台、パロディデザインが中心の服屋、明らかに偽物の香りがする時計屋などが所狭しと並び、冷やかしているだけで楽しい。途中で日本人の大学生風の男性とすれ違い、この通りでWi-Fiが入るところはないかと聞くと、大体どこのバーやレストランでも注文さえすればパスワードをくれると教えてくれた。しかし僕はとあるホテルの広場で提供している有料Wi-Fiスポット(といっても雀の涙のような値段だが)が目に止まり、そこで漸く日本と連絡することができた。一応、無事を報告しなければならない。私の家族は心配症なのだ。

家族を安心させたことに対して私が安心したあと、地球の歩き方に載っていたレストランに向かった。バックパッカーの友人が猛烈にオススメする、タイの「パッタイ」という料理を最初の晩飯にすることを、僕は旅立つ前から決めていたのだ。パッタイは、もっちりとした米麺をピリッとしたソース、ピーナッツなどの薬味で和えて、すだちを絞って食べるタイ風焼きそばという趣の料理である。確かに美味い。日本人が非常に親しみやすい味だ。食事に関しては上々の滑り出しといえる。腹が減っていたので夢中で食べていると、突然隣で謎の園芸が始まった。どうやらタイ王国の昔の戦いを表現しているらしい。思いがけないところでタイ観光ができたことに気分をよくして、ホテルに戻った。

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タイ風焼きそば「パッタイ」

 

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ビシッとポーズを決める劇団員には目もくれず、人が通り過ぎようとしている

途中、コンビニをもう一度詳しく見ようと思いセブン-イレブンに入ると、雑誌コーナーに日本語の雑誌が一冊置いてあった。表紙が妙にセクシーなグラビアなので思わず手に取ると、なんと風俗情報誌だった。「バンコクで安心して夜遊びする方法」などというような特集が組まれている。しかし、タイの方針なのか、ヌード写真は一切出てこない。如何に日本人がこの街に風俗目当てにやってくるのかが分かる出来事だった。

ホテルに戻ると、まず風呂にはいる。シャワーは格安ゲストハウスの常識、水シャワーである。しかし、東南アジアの暑さで火照った身体に水シャワーを浴びせるのは、むしろ心地よかった。しかし、その後には洗濯が待っている。まず、100円均一で買った洗濯ロープの端を壁のフックに巻きつけ、反対側を〜に括りつけた。この部屋のなかで洗濯物を干すわけだ。そして、IKEAで購入した折りたたみの洗面器を引っ張りだして展開し、洋服と水、洗剤を突っ込んでとにかく手でゴシゴシともみ洗いをする。一連の作業が終わり、洗濯物をロープに干してベッドに腰掛けると、妙に切ない気持ちになった。

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洗濯物を干した部屋。パンツが映っているが気にせずに。

改めて、これから始まる旅のことを考えた。あと2週間ほど、1人でシャワーを浴び、洗濯して、決して清潔とはいえない薄暗く狭い部屋で眠るのだ。心配する家族を押しのけて意気揚々と飛び出した手前、自分自身にさえ弱音は吐けない。吐いたところで、すぐ日本に帰れるわけではないのだ。いま思えばたった2週間の旅だが、初めて海外に飛び出した僕にとっては、何が起こるかわからない長い旅路に思えた。しかし、そんな不安を紛らわせるように、疲労が身体を包む。あれこれと考えても仕方がない。私は疲労に身を委ねて、薄い壁越しに聞こえるカオサン通りの喧騒のなかで眠りについた。