【読書紹介】 戦争と沖縄/池宮城秀意

今月、沖縄の某新聞社のインターンシップに参加する予定なので、改めて沖縄関連の書籍を読んでいる。

そのなかで、琉球王国時代から現代の沖縄までの歴史を簡潔に纏めた一冊があったので紹介します。

著者の池宮城秀意氏は、沖縄県の新聞「琉球新報」の記者だった人物だ。

岩波ジュニア新書から出版されているためか、噛み砕いた表現で、沖縄の歴史を簡潔で分かりやすく伝えている。

一方で沖縄戦の項では、戦争に駆り出された女子生徒たち「ひめゆり学徒隊」の生々しく悲惨な手記を織り交ぜ、ただの歴史書以上に胸に迫るものがある。

 

沖縄の歴史は、大きく

①琉球王国時代 ②薩摩藩の侵略、琉球藩から沖縄県時代 ③沖縄戦後、アメリカの統治時代 ④日本復帰後、現代まで

の4時代に分類できるだろう。

それは、アジアの中心という地の利故に起きた、日本や米国の侵略との抵抗の歴史と言える。

そしてもちろん、昨今の普天間基地移設を巡る報道を見れば、その抵抗の歴史がまだ終わっていないことが分かる。

 

沖縄問題を考えるときに手がかりになるのは、「沖縄独立論」だ。

1999年に出版された大山朝常の『沖縄独立宣言 ヤマトは帰るべき「祖国」ではなかった』という著作のタイトルに象徴されるように、米国の統治から日本へ悲願の復帰を果たした沖縄県民は、日本のなかで虐げられた。

そもそも薩摩藩の侵略から日本の圧政に苦しめられていた沖縄県民は、戦後の米国統治下では沖縄独立と日本復帰のなかで揺れたという。

それでも県民一丸となって復帰した、憲法9条を掲げる帰るべき平和な祖国日本は、自衛隊を持ち、朝鮮戦争に事実上加担した対米追従国家だった。

そして、不均衡な日米地位協定と、1995年に起きた米兵による少女暴行事件後も依然留まったままの米軍基地。何度も裏切られた本土への基地分散の願い。

沖縄県の人々が、日本としてのアイデンティティを抱きながら、「こんなはずではなかった」と独立論を唱えるのも無理はない。

 

しかし、実際沖縄県のなかでは、独立論は圧倒的不支持である。(記事参照)

いまだ不安定な経済基盤と、戦争を経験していない世代の増加が原因として挙げられるだろう。米軍基地に対して特別な感情を持っていない人も多いと聞く。独立したところで、その地の利故に中国などからの干渉を受けることもありうる。

本土に住む私たちや、沖縄県の若い世代が、沖縄独立論や米軍基地に対する生理的な嫌悪感に対して理解ができないのも無理はない。むしろ、そのような感情に流されない冷静さがなければ、あらゆる政治的・外交的な問題の解決を目指すのは難しいだろう。

しかし、現在でも基地移転を目指して奮闘している沖縄の人々がいるのも、また事実だ。実際、戦略的に沖縄が重要ではなくなってきたことや、基地経済に対する依存も少なくなってきたことなど、いま米軍基地を沖縄に縛りつけている理由は曖昧である。

 

僕は、このたった一冊の本で、沖縄県の歴史を理解し、彼らの気持ちを汲みとれたと言うつもりはない。米軍基地の即刻返還を支持するわけでもない。ましてや、偉そうに「歴史を学べぇ!」などとは言えない。

しかし、彼ら沖縄県民の辛い歴史を本土の人間が少しでも知ることなしに、沖縄問題は根本的に解決しないと思う。それは、中国に対しても、韓国に対しても同様ではないだろうか。