「運命の出会い」的な流れでミスった

典型的な運命の出会いと言えば、ダッシュで登校してたら、街角で出会い頭にパンをくわえた女の子とガツーンか、図書館で偶然同じ本を取ろうとして手が重なり「あっ…」か、ハンカチを落とした女の子に紳士的に拾ってあげるとか、まぁ大体この3パターンだろう。

僕は昨日まさに「落ちたハンカチを拾ってあげる」という3パターン目に遭遇した。

大学の校舎5階を歩いていて、下りエスカレーターに差し掛かる手前、目の前を歩いていた女の子がポトッとなにかを落としたのだ。瞬間僕は、「これ、落としたハンカチを拾ってあげる典型的な運命の出会いパターンじゃないか…?」と思った。やらしい気持ちがあったわけではないが、ここで拾ってあげないのも男としてどうかと思うので、紳士的に渡してあげて颯爽と去ろうと思いその落し物を拾った。するとそれはハンカチではなく、「ポケットティッシュ」だった。

さてどうしよう。ハンカチだったら、迷わず渡すべきだ。しかしポケットティッシュである。よくある某資格学校のちらしが入ったヤツだ。彼女は恐らくこれを目の前に差し出され、無意識のうちに受け取ったのだろう。もらったことすら忘れているポケットティッシュを、突然見知らぬ男が「落としましたよ」と渡してきたらどうだろう「ポケットティッシュを口実に話しかけてきた気持ち悪いヤツ」だと思わないだろうか。

渡そうか渡すまいか迷っているうちに、エスカレーターは無情にも一定のスピードで下っていく。タイムリミットは1階、この校舎を出るまでだ。それまでに決断しなくてはならない。

いや待てよ、「気持ち悪いヤツだと思われたらどうしよう」と考えるのは、僕に多少なりともやましい気持ちがあるからじゃないか?僕は彼女が落としたモノを親切にも渡してあげようとしているだけだ。台風も去りすっかり秋らしくなってきた季節の変わり目に風邪を引いてしまい、ちょうど配られたポケットティッシュに救われたところかもしれない。どちらにしろ僕は気持ち悪がられるようなことはなにもしていないはずだ。しかし、やはり落としたポケットティッシュを「落としましたよ」と言われて渡された経験は僕にはない。それだけでもちょっとおかしいヤツかもしれない。

僕らを運んでいるエスカレーターが、ついに一階に到着してしまった。

うん、やっぱりやめよう。

僕はそう決断して、去っていく彼女の背中を見送った。

あとには、握りしめてくしゃくしゃになったポケットティッシュだけが残った。

僕はなんて自意識過剰な男なんだろうか。勝手に罵られることを想像して、彼女が必要としていたのかもしれないポケットティッシュを盗んでしまった。

もし僕がポケットティッシュを拾ってあげていたらどうなっただろう。彼女は喜んで受け取って、その場で鼻をかむというお茶目な一面を見せてくれたかもしれない。そればかりか、ティッシュに挟まれたちらしの裏に連絡先を書いて渡してくれたかもしれない。何度かのデートを経て交際まで発展し、結婚式では「私たちの恋は、ポケットティッシュから始まりました」とかいう気の利いた一言から新郎のスピーチを始められたかもしれない。

しかし、そんな妄想をしたところで、後の祭りだ。

「ハンカチだったらよかったのに…」

僕はそのポケットティッシュをそっとゴミ箱に捨てて、一度も振り返ることのなかった彼女のことを想った。