社会の歪みに曝された子どもたち―子どもセンターてんぽ 東玲子さんのお話

■日本社会の歪みに曝される子どもたち

 

 いま、子どもたちが抱える問題はなにか。そう思い始めたのは、カンボジアで幼い子どもたちから「ワンダラーワンダラー」と物乞いをされたときだ。「あぁ、僕たち日本人の子どもは恵まれているな」と率直に思った。日本に帰ってしばらく経ち、ふと東南アジアで撮影した写真を眺めていると、ある思いがこみ上げてきた。「日本の子どもたちは本当に恵まれているのだろうか?」そう思い始めてから、小学校や中学校の先生に、独自に取材を続けてきた。今回は、居場所がない子どもたちに仮の住まいを提供する特定非営利活動法人「子どもセンターてんぽ」の理事を務める弁護士の東玲子さんにお話を聞いた。お話を聞くうちに、日本の社会の歪みと、それに無防備に曝される子どもたちの現状が明らかになった。

 

■子どもに居場所を 「子どもセンターてんぽ」の取り組み

 

 子どもセンターてんぽが受け入れる「居場所がない子どもたち」とは、主に親から虐待などを受けて、家にいられない子どもたちを指す。もし学校の先生などにより虐待が発覚した場合、18歳未満ならば児童福祉法で規定された一時保護所にかくまうことができる。しかし、未成年で親権者がいる18歳と19歳の子どもたちへの対策はどうすればいいのか。実は、思春期世代の虐待は性的虐待やアルバイト収入の搾取など、多岐に渡る。東さんはこれを「法律のブラックホールになっている」と指摘する。また、一時保護所は年齢別の処遇ができていないことも問題だ。親に虐待されて疲れきった中高生の子どもたちが、幼年の子どもたちの子守をさせられる。また、外出制限が厳しく、学校にも行けないので、大切な友人関係も途切れるため、学校を辞めてしまう。社会に戻せなければ意味がない。東さんは現行の法律では対応できない課題を解決するために民間のシェルター事業が必要だと考え、子どもセンターてんぽを設立したという。2007年設立から2011年までに36人、年間約10人の子どもたちを受け入れてきた。

 

■雨が降っても仕事に行こう 自立援助ホーム「みずきの家」の取り組み

 

 「入り口はてんぽができる。しかし、出口も作ってあげなきゃいけない」。しばらくてんぽで生活をした子どもたちは、親にヒヤリングなどを行ったあと帰宅させる。「絶縁はさせない」と、東さんは力強く語る。しかし、どうしても子どもが自立を余儀なくされる場合もある。いくら行政などが家庭の問題に介入しようとしても、「うちの問題だから」と取り合ってくれない親が多いという。そこで、中学卒業後から20歳までの自立を支援する自立援助ホーム「みずきの家」を設立した。子どもたちの仕事探しを支援し、1年間ほど共同生活の大切さを教えながら生活させる。未成年の子どもたちが1人暮らしをしながら仕事をしても、なにか傷つくことがあったり、1人で乗り越えられない苦しい経験があれば辞めてしまう。ホームでは「雨が降っても仕事に行こう」をスローガンに、仕事が安定するまでを支え、いずれはホームを出て巣立っていくまでを支えるのだ。しかし、最近では仕事がなかなか見つからず、見つかったとしても低賃金で、とても1人で暮らせない場合も多いという。虐待を理由に親元を離れても、貧困に苦しんで生活ができない。ここに、社会の歪みによる貧困の連鎖が浮き彫りになってくる。

 

■社会の歪み①母子家庭の貧困 「養育費」という問題

 

 てんぽが受け入れる子どもたちの家庭の経済事情は様々だ。しかし、やはり母のひとり親で貧しい家庭が多いという。なぜ母子家庭は貧しいのだろうか。離婚裁判を多く受け持つ東さんは、強制的に父親に取り立てができない日本の養育費制度の問題点を指摘する。まず、離婚後に父親が払う養育費は、簡易な算定表によって父親の収入と母親の収入から算出する。しかしこれには、父親が持つ不動産や土地などの財産などは勘案されず、あくまで収入のみを考慮する。更に、その額の少なさに驚く。例えば14歳以下の子どもが2人で、父親の年収が400万円、母親の年収が100万円の場合、1ヶ月の養育費は4万円から6万円である。1人あたり約3万円の計算だ。それにも関わらず、実際に養育費を払う父親は1割程度だという。子どもを支えるのは、母親ひとりの収入と、国からのわずかな児童扶養手当などに頼ることになる。東さんのもとには頻繁に、「養育費が払われなくて困っている」という母親からの相談がくるという。

 

■社会の歪み②母子家庭に厳しい社会構造

 

 母親は、厳しい労働条件のなかで、子育てと仕事を両立しなければならない。もし母親が正社員として安定的に雇用されていても、子どもがいると夕方には自宅に帰らなければならない。そのような柔軟な働き方が整備されていな会社の場合、非正規雇用として不安定な仕事に回されてしまうこともある。東さんは「家族モデルを想定した旧態依然の制度が続いている」という。例えば、小学生以降の子どもを21時頃まで預ける施設がもっと増えて、かつ安価で提供されれば、正社員のままでいられたかもしれない。その中で溜まったストレスを、どうしても子どもという弱い存在にぶつけてしまう。また、仕事で母親がいない家庭は、子どもたちの絶好のたまり場になるため、非行にはしりやすい。これらの理由により、子どもたちはてんぽにかくまわれる。

 

■社会の歪み②大卒に奪われた「非正規雇用」

 

 貧しい家庭に育った子どもたちは、母親に楽をさせてあげたいという気持ちから、大学に進学することなく就職を目指すケースが多いという。しかし、仕事が見つからない。東さんは、「非正規雇用は昔、中卒・高卒の子たちの仕事だった。しかしいまは、大卒の子たちがその領域を奪っているため、仕事が減っている」と指摘する。このような子どもたちが自立して生活保護を受給しようとしても、「労働力がある」と判断されて受給できない。日本弁護士連合会による2010年の発表資料によれば、生活保護が利用できる資格のある人のうち、実際に受給しているものは2割に留まるという。セーフティ・ネットが整備されていない日本の制度のなかで、貧困の連鎖はますます加速していく。

 

■子どもにもっと投資を

 

 非正規雇用や過酷な労働条件などの労働問題、低い生活保護捕捉率などの福祉問題、母子家庭には厳しい養育費などの不完全な制度や法律たち…これらの問題のしわ寄せが、巡り巡って無防備な子どもたちに降りかかっている。本来平等であるはずなのに、生まれた家庭や地域によって、大きな格差が生まれる。最近、産院側のミスで60年前に子どもの取り違えがあったことが発覚し、本当の親だったら豊かな暮らしができたのにも関わらず、母子家庭に育った男性の裁判があった。育ての親に感謝しつつも、自分の運命を嘆く彼の気持ちは推し量るに余りある。では、今後日本は子どもたちのためになにができるだろうか。労働問題、福祉問題など、改善すべきところはたくさんある。しかし子どもにフォーカスすると、東さんは「子どもにもっとお金を投資するべきだ」と。その背景には、日弁連が2009年に行ったイギリスにおける子どもの貧困調査のデータ(リンク先資料p123~132)がある。

 

■「子どもの貧困」を掲げるイギリスの事例

 

 イギリスは、2020年までに子どもの貧困を根絶させるという目標を掲げ、子どものために様々な政策を実施している。それにはもちろん多額の資金が必要だが、イギリス政府の背中を押したのは「子どもの早期支援の重要性」を裏付ける徹底した調査と分析だった。端的に言えば、早期に貧困家庭に介入して学習などを含む支援をしたほうが、ニート、肥満、犯罪、薬物濫用、児童虐待などの問題が減り、これらの問題対策に費やしている税金が節約できることが明らかになったのだ。つまり、長期的にみれば、子どもに投資したほうが金銭的にも節約になるのである。日本の福祉予算はパンク寸前で、増税しても賄いきれないということは衆知の通りだ。しかも、その福祉予算はどうしても子どもたちではなく、選挙権のある高齢者の意見に影響を受けやすいという構造的な問題もある。東さんはこれらの状況を踏まえて、子どもの貧困問題を政治的な問題として取り上げるためには、情に訴えるだけでなく、トータルコストを考えるべきだと指摘する。子どもの貧困は決してお金だけの問題ではない。しかしこのようなデータに基づいた指摘は、政治を動かす可能性がある。

 

■「もっと手前の段階で対策を」子どもの貧困に取り組む弁護士の声

 

 東さんは弁護士であり、てんぽの運営者としてだけでなく、離婚裁判を受け持った家庭のリアルな状況や、法律的な視点からの問題点の指摘など、幅広いお話を伺えた。子どもが抱える問題や貧困に関わるアクターは、主に行政や学校などだと思っていたが、実際に非行少年の裁判や離婚裁判などに携わる弁護士たちの問題意識は高く、日弁連のなかに「子どもの権利委員会」を設立したり、特定非営利活動法人を立ち上げたりと、弁護士が非常に重要なアクターとして活躍していることが分かった。ただ、そのような活動は日頃の業務の傍らで行うため、できれば学校など、もっと手前の段階で子どもの虐待や貧困などの対策ができることが望ましいという。僕も、「発信まで手がまわらないのでぜひお願いしたい」と、微力ながらこの記事を書いている。例えば児童福祉法に規定されている「要保護自動地域対策協議会」では、小学校と中学校などの縦のつながりを生かした情報共有により、子どもたちを見守る仕組みだが、地域によって力の入れ具合が極端に異なり、うまく機能していないという。今後は、行政側の取り組みにも注目して取材していきたいと考えている。

 東さんにはお忙しい中、1時間半もお話を聞かせて頂いた。この場を借りて深く感謝を申し上げます。